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【展覧会に寄せて】 中判または大判カメラによる写真作品には、ものを見るための異なる時間と、そこに立ち会う感覚がある。 作家にとってその行為は何かを記録することではなく、対象と出会うこと。 感光紙に直接触れるネガは、単なる媒介ではなく、そこに在ったことの証となる。 写真は現実を解釈したり、誇張したりするのではない。 特に、大判カメラは、ただその瞬間をそのままの尺度で留める装置と言える。 ネガと光が紙の上で触れ合い、過去の光が現在に現れる。 哲学者エドムント・フッサールのいう「純粋な視覚」のように、そこに在るものを意味づけず、ただ現れたものとして受け取ること。 この接触写真は、そのような直接的な経験に近いのではないだろうか。 岩石や地質の断片を写した作品も、人のポートレート作品と同じように捉えられる。 表面の奥には、容易には知ることのできない世界がある。 公園や都市の道端で出会った人々もまた、何かを代表する存在としてではなく、ただ「そこにいた存在」として写される。 これらの写真は、ひと目では捉えきれない何かを秘めているのだ。 そこには、現れていると同時に隠れているものがある。写真はその謎を解く必要はない。 ただ、捉えきれないものと共に在り続ける。 それだけで、写真は十分なのだ。 | |||||||||||||||||||
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